2019年4月沖縄本島南部<3> 朝陽の宿 涼風・3

2019/04/13

*** 3日目 ***
【移動】終日南城滞在/久高島
【宿泊】朝陽の宿 涼風

昨晩は21:00に就寝し、今朝は07:00に起床。
思う存分、10時間も爆睡してしまいました。

日常よりも旅先の方が、睡眠時間をしっかり確保して、食事も朝昼晩きっちり摂っています。

今日の朝ごはんは、鶏ササミのマヨ焼をメインに、沖縄ならではの食材で作る数々のお料理。

楽しみ!

ピーマンが苦手なので、2色ピーマン塩麹炒だけはテンションが上がらないのですが・・・。





おきなわ食材の朝ごはん

月桃の葉が敷かれたお皿の上には、今日も彩り鮮やかなお料理が並び、とっても美味しそう。

・・・ピーマン以外はね。

沖縄で採れた食材を沖縄の地でいただくという満足感も加わって、沖縄好きには堪りません。

・・・ピーマン以外はね。

お料理全体の量も丁度良く、食べ終えた後は、満腹感と充実感で幸せな気持ちになりました。

・・・ピーマン以外はね。

いい歳をしたアラフォーがピーマンを残すというのもどうかと思い、涙目になりながら完食。

みそ汁で、必死に流し込んだことは内緒です。

食後はお部屋でごろごろと過ごし、10:00発の船に乗ることを目指してお宿を出発しました。




神の島・久高島へ

久高島へは、安座真港から船で渡ります。
お宿から安座真港へは、車で15分の距離。

フェリーと高速船が合わせて一日6往復しており、所要時間は15分〜25分のお手軽アクセス。

・・・なのですが。

「神の島なので、呼ばれた人でないと訪れることが出来ない」とも言われているんですって。

招かれざる者が訪れようとすると、船が欠航してしまったり、何らかのハプニングで島へ行く計画そのものが白紙になってしまうのだとか。

驚異の鈍感力を誇る私は、日頃何かを見たり、何かを感じたりということが一切ありません。

スピリチュアルな話を聞いても「そんなこともあるんだな〜」と感心する程度で終わりです。

が、沖縄の話となると無条件で信じちゃう。

国造りの神様・アマミキヨが琉球を造るために天から地へ降りて、最初に作ったのが久高島。

島の方々の信仰心により、琉球時代から伝わる様々な祭祀が現代も執り行われている久高島。

そんな久高島ならば「呼ばれた/呼ばれない」という話も、さもありなん!と思えてきます。

船を待つ安座真港は、にゃんこ天国でした。

お昼寝しているにゃんこ。

ご飯を食べているにゃんこ。

売店の隅で毛繕いをしているにゃんこ。

にゃんこと戯れているうちに出航です。

船内は自由席なので、久高島を眺めながら進みたいと思い、張り切って左側の窓際席を確保。

が、KUDAKA LINEの海の男ビューでした。

航海の安全を見守ってくださっていることは有り難いのですが、久高島が見えません・・・。

そういえば、iPhoneのマップを見ると、航路の表示が「安座間ー久高島」になっていました。

安座「間」ではなく、安座「真」じゃないの?

地名も港名も安座「真」なんだけどな。

気になったので、google Mapsも見てみると、こちらの航路は安座「真」になっていました。

と、地図を見ているうちに海の男は着岸の準備に消え、間近に久高島を眺めながら到着です。




久高島ガイドツアー

久高島上陸!

徳仁港で船を降りると、進んだ先の久高島案内図の前でガイドさんが待っていてくれました。

昨日訪れた斎場御嶽でもお世話になった、久高島に住む、アマミキヨ浪漫の会のガイドさん。

今日は貸切ガイドではなく、ご年配のご夫婦と私の三人で相乗りガイドをしていただきます。

久高島のガイドは、一時間/二時間/三時間のコースに分かれていますが、ご夫婦は三時間の『アマミキヨ・久高島行幸コース』、私は二時間の『久高島行幸コース』をチョイス。

この場合は、まず久高島行幸を行い、私が解散した後でアマミキヨコースを巡るんですって。

早速ガイドさんの車に乗り込んで出発します。

細長く平たい形をしている、久高島。

周囲8kmの島内には流れる川や水が溜まる池等が無く、昔から雨水と湧き水を貯めた井泉/ガーを大切な水源として暮らしてきたのだそう。

南西側の海岸沿に7つのガーがあり、南寄りのガーは生活用水として、北寄りのガーは祭祀に用いる聖水として使い分けてきたとのこと。

ガーは人々が暮らす集落から離れた低い位置にあるため、日々の水汲みに苦労したそうです。

水汲みは女性と子供の仕事だったとのことで、久高島育ちの今日のガイドさんも、子供の頃、重い水を抱えて毎日何往復もしたんですって。

沖縄本島と久高島を繋ぐ海底送水管が完成し、久高島へ配水を開始したのが、1978年のこと。

その年まで、日々水汲みをしていたのだとか。



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かこね


 1978年なんて 
 ついこの前! 




と、アラフォーの私は思いました。




イザイホー

久高島には「男は海人、女は神人」という古来の格言があり、成人した男性は漁業に携わり、成人した女性は神人になるとされてきました。

神人となった女性たちは琉球の神様と一体になって、海に出る男性たちを守護するのだとか。

そして、神様を畏れ敬う神人として、島で行われる年間30を超える祭祀に奉仕するのだそう。

久高島といえば、欠かせない話のひとつに、神人誕生の儀式『イザイホー』が挙げられます。

琉球王国時代から600年も続く、神聖な祭祀。

12年に一度、午年の11月に、神人になることを神様にご報告する儀式が『イザイホー』です。

満月の晩から4日間をかけて行われ、新たな神人の誕生を神様に認めていただくとのこと。

久高島で生まれ育った30才以上の既婚女性が神人になれるとのことですが、戦前は今よりも条件が厳しく、両親共に久高島出身者で、かつ一歩も久高島の外に出たことのない30才以上の既婚女性のみにその資格が与えられたのだとか。

ですが、島の外へ移住する人の増加により、神人の資格を持つ女性や祭祀を行う祝女/ノロの後継者が不足した結果、1978年に行われた『イザイホー』が最後になっているとのことです。

その後は一度もこの祭祀は行われていません。



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かこね


 1978年なんて 
 ついこの前! 




とは、アラフォーの私でも思えませんでした。

現実を伴った話だと感じることができなくて。

これらについては、ガイドさんが私たちに分かりやすく概説してくれたことなので、実際にはもっと深く濃い信仰的な話なのだと察します。

車の中で『イザイホー』の話を聞いていると、向かう先から一人のオバーがやってきました。

ゆっくりした足取りでこちらに歩いてきます。



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ガイド


 ちょうどあの方が 
 最後のイザイホーで 
 神人になった方です 




なんておあつらえ向きなタイミング。

車を徐行して窓越しにオバーと挨拶を交わすガイドさんに便乗し、ご夫婦と私もオバーにペコリと頭を下げご挨拶をさせていただきました。

畏れ多くもオバーだなんて呼ばせていただいていますが、琉球の古来から伝わる最後の儀式に携わった人物に出会えたことが不思議な感覚。

ガイドさんが話す『イザイホー』を、すごく昔のことかのように聞いてしまっていたけれど、



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かこね


 1978年なんて 
 ついこの前! 




と、アラフォーの私は改めて思いました。

神人となった久高島の女性は、70才を以ってその御役目を務め上げたとされて、それ以降は島で行う一切の祭祀から解放されるんですって。

1978年に執り行われた『イザイホー』で、一番若い女性が30才の年齢で神人になったとすると、今年がちょうど70才から71才を迎える年。

御役目を務め上げたとなると、島で行われる今後の祭祀は神人が不在になってしまうのかな?

と、疑問を抱きましたが、なんとなくその事をガイドさんに尋ねることが出来ませんでした。




久高家/久高殿・御殿庭

その『イザイホー』をはじめ、島内の主要な祭祀が執り行われる御殿庭/うどぅんみゃー。

「御殿」と言われると立派な家の建物をイメージしてしまいますが、建物自体ではなく「島で執り行う祭祀場」という意味を示しています。

久高殿/くだかどぅんとも呼ばれ、中央に建つ『カミアシャギ』は『イザイホー』の際、この世と神様の世界の境界になるのだそうです。

奥にある森は『イザイヤマ』と呼ばれる、神人になる女性が数日間山籠りをする神聖な場所。

右に建つのは『シラタルー拝殿』。

久高島の祖先であるシラタル(百名白樽)とその娘である祝女/ノロのタルガナーが、天地の神々を祀り、島の繁栄を祈った場所とのこと。

左に建つのは『バイカンヤー』。

イラブー(ウミヘビ)を燻製する小屋です。

久高島の名産のひとつにイラブーが挙げられますが、今でも夏場の半年間は毎晩のように、真夜中にイラブー漁が行われているんですって。

イラブーは神様からの贈り物とされており、道具を使わず一匹ずつ素手で捕まえるのだとか。

久高島で燻製されたイラブーは、琉球王国時代には王家御用達とされる逸品だったそうです。




大里家

久高島の旧家、大里家/うぷらとぅ。

大里家は久高島で最初に農耕を始めたとされるアカツミーとシマリバーの家で、奥の建物には火の神様/ヒヌカンと釜が祀られていました。

諸説あるとのことですが・・・。

ある日、アカツミーが『イシキ浜』で漁をしていた時に沖から白い壺が流れてきたそうです。

ここが『イシキ浜』。

ニライカナイの対岸だとされている浜辺です。

ニライカナイから神様が訪来する時は、ここに船を停泊させると伝えられているんですって。

白い壺を取ろうとアカツミーが手を伸ばすと壺は波に流され遠去かり、手を引くと壺が波に乗って近付いてくるという繰り返しだったそう。

そこでアカツミーは、一旦大里家/うぷらとぅに帰り、シマリバーにその出来事を話します。

シマリバーが言うには、ヤグルガーで身を清めて白い着物姿で挑めば、壺が取れるとのこと。

この下にあるのが『ヤグルガー』。

島に存在する7つのガーのうち、一番北に位置しており、儀式に使われる神聖な井泉です。

現在修繕中とのことで階段を降りることが出来ず、残念ながらガーを見ることも出来ません。

シマリバーの教えに従って、ヤグルガーで身を清めてから白い着物姿となったアカツミーは、壺に挑もうと再び『イシキ浜』へ向かいます。

すると、今度は白い壺の方からアカツミーの白い着物の袖の中へ飛び込んで来たんですって。

壺の中には麦や粟等の種が入っており、アカツミーとシマリバーはその種をハタスに蒔き、これが琉球に於ける農耕の始まりとのことです。

ここが、『ハタス』。

写真では見切れてしまっていますが、右下の石で囲われた箇所には香炉が置かれていました。



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ガイド


 琉球神話では、 
 農耕発祥は久高島 
 稲作発祥は百名だと 
 伝えられています 




百名にある稲作発祥の地とは、昨日知念岬で出会ったオジーに連れて行っていただいた『受水走水/うきんじゅはいんじゅ』のことですね。

昨日の体験が今日に繋がったことが嬉しいな。

さて。
琉球で最初に農耕を始めたアカツミーとシマリバーが住む家は、久高島の旧家である大里家。

琉球王国第一尚氏の頃に、久高島で行われる祭祀を司っていたのは、久高家と大里家でした。

ですが、第一尚氏の末代となる尚徳王が大里家のノロであるクニチャサと恋仲になりました。

・・・「恋仲」とか!

こんな言葉、たぶん人生で初めて使いました。
書いていて、無性に恥ずかしくなってきます。

尚徳王がクニチャサの家に留まっている間に、首里でクーデターが起き、尚徳王に代わって第二尚氏初代の尚円王が政権を握ったのだとか。

それを知った尚徳王は、王位よりもクニチャサを選び、二人で同時期に亡くなったそうです。

以降、久高島で行われる祭祀は、大里家に代わり外間家が久高家と共に司っているとのこと。




外間家/外間殿

外間家の外間殿/ふかまどぅん。

左の建物は、琉球最初の王統とされる英祖王統末代・西威王の産屋だと伝わる『アサギ家』。

右に建っている『ウフグイ』の中には、島の七守護神とされる、天・太陽・月・竜宮・植物・健康・国造りの七つの神様が祀られています。

国造りの神様が、アマミキヨですよね。



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ガイド


 ウフグイって 
 聞いたことが 
 ありませんか? 




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かこね


 ありません! 




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ガイド


 昨日の斎場御嶽にも 
 同じ名称の箇所が 
 あったのですが… 




自信満々で「ありません!」と答えましたが、記憶を辿ると、斎場御嶽にある1つめの神域が大庫理/ウフグーイだと、昨日教わりました。

首里城にも、大庫理がありますよね。

大広間という意味があるそうです・・・と、昨日の旅行記にも同じことを書いた気がします。

きっと、明日また誰かに「ウフグイって聞いたことある?」と問われたら、私は自信満々で「ありません!」って答えちゃうんだろうな。

久高島のウフグイには七守護神の他、琉球の各家庭にある香炉の大元にあたる『ミウプグイミンナカ』と呼ばれる大香炉が置かれています。

建物の中には琉球畳が敷かれており、かつて琉球国王と琉球の最高神女・聞得大君/キコエオオキミも、儀式の際にここに座ったのだとか。




フボー御嶽(クボー御嶽)

琉球七大御嶽のひとつである『フボー御嶽』。
久高島の御嶽の中でも最高位とされています。

ご先祖様の魂が宿る聖地とされ、『イザイホー』の儀式が行われる、男子禁制の御嶽。

琉球国王でさえ『フボー御嶽』には入ることを許されなかったそうで、ここから先は神人だけが祭祀の時のみ入ることが出来るんですって。

普段は入口から御嶽に想いを寄せて拝みます。

『フボー御嶽』だけではなく、神聖な御嶽が数多く存在し、古来から特有の文化が伝わる久高島では、守るべきルールがいくつかあります。

・植物をはじめ石・砂・珊瑚の欠片、全ての自然物を久高島から持ち出してはならないこと。

・それとは逆に、久高島の外から持ち込んだゴミになる物を、置いて帰ってはならないこと。

・立入禁止の聖域には足を踏み入れないこと。

『フボー御嶽』以外にも、島の祭祀が執り行われる際には多くの場所が立入禁止となります。

興味と関心を持って久高島を訪れること自体は島の方々に心から歓迎していただけるので「お邪魔させていただいている」という気持ちで過ごせば、どれも難しいルールではありません。

久高島へ渡る船の発着地・安座真港に、久高島を訪れる際に守るべきルールが記されているので、一読してから訪れると良さそうですね。




久高島サイクリング

お願いしていた二時間の『久高島行幸コース』のガイドが終わり、港近くへ戻ってきました。

一緒に巡っていたご夫婦は、このままガイドさんと一緒に『カベール岬』へ車で向かいます。

カベール岬は、久高島随一の見どころ。

勿論私も訪れるのですが、『カベール岬』と『ロマンスロード』と称される島の箇所は、自分のペースで過ごしてみたかったので、この先はレンタサイクルで向かうことにしました。

ですが、早々に迷子。

『カベール岬』がある島の北を目指して出発したつもりでしたが、どこを間違えたのか、集落を抜けてまた港へと戻ってきてしまいました。

不思議!

今度は集落を抜けず、島の東側に沿って『カベール岬』のある北を目指すことにします。

途中に、美味しそうな名前の浜を発見。
『ピザ浜』ですって。

ピザ好きの旦那が喜びそうなネーミングです。



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旦那


 ピッツァ浜! 




とか、無駄に言いそうでうるさい。

沖縄の言葉で、辺端のことを「ヒタ・ヘタ」と言うそうなので、それが訛って「ピザ」かな?

折角なので浜辺へ降りてみようかと思ったのですが、戻る上り坂が辛そうなので断念します。

そのまま島の東側を直進し続けていると、少しずつ海に抜ける雰囲気の道になってきました。

『カベール岬』に続く一本道、『神の道』。

向こう側から一台の車が近付いてきました。

車同士のすれ違いは大変そうですが、車と自転車であれば難なく通り過ぎることができそう。

車をやり過ごそうと道の端に立ち止まっていると、向かってきたのはガイドさんの車でした。



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ガイド


 チバリヨー! 
 カベール岬まで 
 もう少しですよー 




車内から涼しい顔で声援を送られました。
ありがたく声援を受け、先へと進みます。

自転車の出発地となる港は島の南端に位置しており、目指す『カベール岬』は島の北端です。

距離にして3.5km/時間にして15分の道のりですが、蒸し暑さと砂利道にやられてヘトヘト。

やっとたどり着きました。




カベール岬(ハビャーン)

国造りの神様である琉球開闢の祖・アマミキヨが降り立った場所だと伝わる『カベール岬』。

島の方々は、『ハビャーン』と呼ぶそうです。

旦那だったら、無駄に連呼する響きだなぁ。



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旦那


 ハビャーン! 




居ない筈なのに旦那の声が聞こえてきました。




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旦那


 ハ、ビャーン! 




居ない筈なのにうるさい。




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旦那


 ハビャー、ン! 




居ない筈なのに罰当たり。

遠くニライカナイからやって来たアマミキヨは、まずこのカベール岬に降り立ち、久高島から琉球の国を作り始めたと伝えられています。

『カベール』も『ハビャーン』も、「神様が御出ましになる場所」という意味だそうで、島の北東端に位置する地域一帯を指すようですね。

その一帯に位置している岬が『カベール岬』。

道が『カベールの道(カベールヌミチ)』。

森が『カベールの森(カベールムイ)』。

『カベール岬』には、アマミキヨだけでなく、竜宮神の逸話も伝えられているとのことです。

竜の姿をした海の神様である竜宮神は『カベール岬』では白馬に姿を代え鎮まるんですって。

毎年旧暦の二月には、竜宮神に豊漁を祈願する『ヒータチ』という祭祀が執り行われます。

『フボー御嶽』で禊をした祝女/ノロが神女たちと共に『カベール岬』で海に祈るのだそう。

岩場に座って、しばらくひと休み。
お天気は微妙なものの、心地良い。

風がなく日が差していれば、青さと静けさが際立ち、更に癒される眺めになるんでしょうね。




ロマンスロード

久高島の北西、海沿いに600m程続く遊歩道。
細い道ですので、車は入ることが出来ません。

ここを訪れてみたかったので、ガイドツアーを二時間で終了して、自転車に切り替えました。

道沿いにはテッポウユリが自生しています。

テッポウユリの別名は『琉球百合』で、九州の南部から沖縄にかけて分布しているとのこと。

ハイビスカスやブーゲンビリアが咲く艶やかな道は沖縄らしくて大好きですが、緑に映えるテッポウユリの白い花も厳かでまた素敵ですね。

自転車から降りて、のんびり歩いて進みます。

ロマンスロードには幾つかのベンチが点在しているので、腰掛けてぼーっとしてみようかな。

おあつらえ向きな東屋は残念ながら先客あり。

奥の方で釣りをしている方の荷物のようです。

更に先へ進むと、絶景ポジションにベンチが。

対岸に知念と玉城を望む、隠れスペースです。

ここで、ぼっちランチを楽しむことにしよう!

実は、お昼ごはん難民になることを想定して、あらかじめおにぎりを持参してきていました。

久高島の滞在時間は三時間半程なので、ガイドツアー&レンタサイクルにすると、お店でお昼ごはんをいただく時間が無いかと思ったので。

食べることに関しては用意周到です。

昨日の夜食で食べ損ねたものですが。

青い海を眺めながらのランチだなんて、コンビニのおにぎりさえ極上の逸品に感じられます。

幸せー。

食後も、しばらくベンチで寛ぎました。

ガイドさんにまるっと島を案内していただくことも魅力的でしたが、今回は時間が限られていますし、後半はレンタサイクルを選んで正解。

久高島に纏わる伝統・風習・文化の話をガイドさんに教えていただきながらも、マイペースで充実の久高島時間を過ごすことができました。




いちゃりばちょーでー!
   久高島のオジーとゆんたく

船の時間にはまだ余裕がありますが、早めに乗船し窓側の席を確保しようと港へ向かいます。

ですが、集落にてまたもや迷子。

南を目指して走っているつもりが、進む先々が行き止まりで、集落から抜け出せません。

この道、さっきも通った気がするし・・・。

一旦自転車を降りて、辺りを見渡します。

道の先にオジーが座っているのが見えたので「迷子じゃないよー、猫の写真を撮ってるだけだよー」というオーラを出しておきました。

が、バレました。



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オジー


 こんにちはー 




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かこね


 こんにちはー 




オジーがめっちゃ笑顔で手招きをしてきます。



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オジー


 どこに行くがー? 




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かこね


 港です 




オジーの顔を伏せているのが残念。

沖縄らしい顔付きで日に焼けた肌。
更にはクシャクシャの眩しい笑顔。

良い人でしかないオーラがダダ漏れています。



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オジー


 時間はあるがー? 




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かこね


 あんまりないです 




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オジー


 じゃぁ、 
 ここに座りなさいね 




あんまり時間が無いって言いましたよね?
早めに乗船して窓際の席を確保したいのに。

ですがまぁ、窓側の席<<<<<<オジー。
隣に座ってゆんたくをすることにしました。



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オジー


 この前の 
 テレビは見たがー? 




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かこね


 ??? 




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オジー


 オジーも 
 映ってたさー 




ごめん、オジー。
何のテレビか分かりません。

そしてたぶん見ていません。

気になり後で調べてみたところ、どうやら一週間前にNHKのBSで「岩合光昭の世界ネコ歩き 沖縄 久高島」という番組が放映されたみたい。

見てみたかったなぁ。



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オジー


 次の船で帰るがー? 




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かこね


 次の船で帰ります 




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オジー


 じゃぁ、 
 オジーの家に 
 泊まっていったら 
 いいはずやっさー 




次の船で帰るって言ましたよね?

ですがまぁ、帰る<<<久高島泊。

これもまた、いちゃりばちょーでー!
一度出会ったら、皆兄弟の精神です。

と、一瞬勢いに乗りかけましたが、お泊まり用具も無いし、売っているお店も無さそうだし。

それと、さすがに図々しいし。
ここは遠慮をしておきました。



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オジー


 結婚はしてるがー? 




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かこね


 結婚はしています 




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オジー


 大丈夫、 
 久高島に来た人は 
 いい人できるだはず 




結婚しているって言いましたよね?

ですがまぁ、オジーの我が道を行くスタンスにも慣れたので、ゆんたくタイムを楽しみます。

オジー、オジーと書いてしまいましたが、実際はオジーの苗字にさん付けで呼んでいました。

先程のガイドさんと同じ苗字でしたので、オジーの真似をして「親戚がー?」と尋ねたところ、久高島の多くが同じ苗字なのだそうです。



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オジー


 西銘さんが三割 
 内間さんが三割 
 その他が三割やっさ 




あれ、残りのあと一割は?

久高島に住む方々は同じ苗字の方が多いので、皆んな下の名前や屋号で呼び合うんですって。

オジーが絶好調に苗字の話をしてくださっていますが、そろそろ船の時間が迫ってきました。

面白く興味深いのでこのまま話を聞きたいところではありますが、オジーに別れを告げます。

港への帰り道も、しっかり聞いておきました。

急いで自転車を返却して出航時刻ギリギリに滑り込み乗船し、楽しかった久高島を後に出航。

残念ながら窓側の席は空いていませんでした。




あざまサンサンビーチ

行きはフェリーで25分をかけて久高島へ向かいましたが、帰りは高速船なので15分で本島へ。

安座真港に到着して船を降りると、にゃんこが斬新な毛繕いスタイルで出迎えてくれました。

行く時に売店の隅で毛繕いをしていた猫かも。



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かこね


 にゃーにゃー! 




浮かれてちょっかいをかけてみたところ、

「見てんじゃねーよ」って顔で睨まれました。

ごめんなさい。

安座真港を出たすぐお隣りには、南城市が誇る『あざまサンサンビーチ』が広がっています。

シーズン中は駐車場料金がかかりますが、海開き前の今は駐車場を無料で利用できるみたい。

ならば、ちょっと寄り道。

海開きは二週間後、4/28の予定ですって。

沖縄のビーチにしては、遅い方なのかな?

北風の時期に那覇空港へ向かう際、機内の窓からこのビーチを見渡すことが多いんですよね。

入場ゲートをくぐり抜けると、南城市の推しマークであるハートが正面を陣取っていました。

鐘を見ると鳴らさずにはいられないので、とりあえず一人で虚しく鳴り響かせておきました。

この道を挟んだ両側に、海が広がっています。

ハートに向かって左の海が遊泳エリア、右の海がマリンスポーツエリアになっているみたい。

『あざまサンサンビーチ』は人工のビーチとのことですが、透明度が高くとっても綺麗です。

シーズンになると、海遊びだけではなくビーチパーティーを楽しむ方々で賑わうんですって。

ビーチを望むポジションに、屋根が付いた東屋風のBBQスペースがたくさん並んでいました。

マリンスポーツエリアでは、マリンジェットやバナナボート、SUPをすることも可能みたい。

今日は、フライボードを楽しんでいる方も。

ふと思い返してみると、私はこれまで海遊び系のアクティビティをやったことがありません。

ベタですが、バナナボートに乗ってみたいな。




カフェくるくま

沖縄南部の海カフェとして、大人気のお店。

景色だけではなくアジアンフードのお料理も絶品だそうで、ランチタイムは混雑するみたい。

夕方の時間帯であれば海が見える席に座って落ち着いて過ごせるかと思い、訪れてみました。

場所はニライカナイの橋を登ったすぐ先です。
立地的にも海見えに期待が高まり、わくわく。

駐車場に車を停めて、お店へ進むと・・・

あれ?なんだかちょっとイメージと違うかも。

え、隕石?

え、恐竜?

え?え?

疑問を抱きながらも興味津々で隕石&恐竜を堪能し、謎の館を出た先にカフェがありました。

カフェの店内は二棟に分かれていて、絶景を堪能できるテラス席の他に、海を望むカウンターの席とテーブル席があり、広々としています。

テラス席、空いてる!

と、浮かれたのも束の間、今日は少し風が強いのでテラス席はクローズしているんですって。

残念・・・。

更に、海を望む室内のカウンターも既に満席。

無念・・・。

案内されたテーブル席に大人しく着席します。
のんびりと海を見ながら過ごしたかったなぁ。

テラス席を利用することは出来ないものの、テラスに出ること自体はOKなようで、数組の方がカメラを手に絶景テラスを楽しんでいました。

テラスが空いたタイミングを見計らって私も。

手前に緑があって、その奥に広がる海が素敵。

また訪れた際には、ここに座ってみたいなぁ。

テラスを堪能して席に戻ると、良いタイミングで私が注文したメニューが運ばれてきました。

紅芋モンブランと美ら海の紅茶。

美ら海の紅茶は、カフェくるくまの経営会社が発売している沖縄県産茶葉100%の紅茶です。

フレーバーは、パイナップル/ハイビスカス/シークヮーサー/マンゴーの四種類があり、香りと味はホットでもアイスでも楽しめるそう。

今回は、パイナップルのアイスティーを選択。
早速いただこうかとフォークに手を伸ばすと、



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店員


 カウンターの席が 
 空いたので 
 移動しますか? 




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かこね


 え! 
 いいんですか!? 




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店員


 よかったらどうぞー 




なんてくるくまクオリティ!
嬉しいお気遣いに感謝です。

テラスに出てみたり、カウンター越しの海を恋しそうに眺めていたのを見られていたのかな。

海見え席に座りたいオーラが漏れていたようで、恥ずかしながら移動させていただきます。

わーい、海見えティータイム!

手作り感あるケーキは、程良い甘さで紅芋の優しい味がしっかりしていてとっても美味しい。

美ら海の紅茶は、パイナップルの甘さと酸味がすっきりとした口当たりでとっても美味しい。

美味しいものを食べた時の語彙力が絶望的に貧弱で情けなくなりますが、とっても美味しい。

味と景色だけでなく、店員さんのお気遣いも温かく、大人気なのが頷ける素敵な一軒でした。

席を立つ際、席移動のお礼を告げると、



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店員


 あちらの庭からも 
 海が見渡せるので 
 よかったらどうぞー 




なんてくるくまクオリティ!
嬉しいお気遣いに感謝です。

至る所に寛ぎスペースがあって素敵。

満席の時はここで待つことも出来るのかな?

だとしたら、待ち時間も楽しめそうですね。

今度は是非ランチタイムに来てみようっと。

遠く、久高島の全景も望むことができました。

つい先程、あの島を自転車で走ったんだなぁ。
と思うと、なんだか不思議な気持ちがします。

そうそう。
カフェくるくまには、シーサーが居ました。

これは、店内に居た瓦シーサー。

これは、お庭に居た石シーサー。

これは、お庭に居た陶器シーサー。

これは、店先に居た犬。

珍しそうなシーサーだと思って近付いて、シーサーではなく犬だと分かった時の間抜けさよ。

カフェくるくまからお宿は、車で5分の距離。
半端な時間にお宿へ帰ってきました。

夜ごはんを食べるにはまだ早い時間。
となると、飲もうかどうか悩みます。

ここで飲んでしまうと、夜ごはんを食べに行く際には、タクシーを呼ばなければなりません。

飲むのを我慢すれば、車で夜ごはんを食べに行って、運転代行で帰ってくることができます。

飲みたい。
でも往復タクシーは勿体ないし。

うーん、悩む・・・。

悩んでいるうちに寝てしまったようで、目が覚めた時には夕日が沈みかけている時間でした。

車で行って、運転代行のパターンに決定です。




割烹 常

南城市の玉城地区で飲むならここ!

数年前南部に泊まった際に利用をして、その美味しさとコスパの高さに惚れ込んだお店です。

手の込んだお料理はお店の冠通り割烹ですが、お値段とお店の雰囲気は居酒屋感覚の気軽さ。

一人で飲みに訪れても気後れなく過ごせます。

店内は、広過ぎず狭過ぎずの程良い広さ。

地元のお客さんの利用も多く、いつの間にか満席になっていましたので、訪れる際はあらかじめ予約をしておいた方が良いかもしれません。

今回は一人なのでカウンターの席。

まずは、生ビールでぼっちカリー!

このお店で私が唯一残念だと思うのは、オリオンの生ビールを置いていないということです。

麒麟マークではなく、三ツ星マークが恋しい。

早速運ばれてきたのは、お刺身盛り。
これで一人前!

これだけで、二杯飲めるボリューム。
どのお刺身も鮮度抜群で大満足です。

続いて運ばれてきたのは、握り寿司。
奮発して特上!

これだけで、二杯飲めるボリューム。
ウニとイクラは苦手なんですけどね。

大将が握ってくれたウニとイクラを残すのも気が引けて、涙目になりながらやっつけで完食。

あら汁で、必死に流し込んだことは内緒です。

欲張って何かもう一品食べたいところですが、一人なので食べきれる自信がなく躊躇します。

カウンター越しの大将に相談したところ、チャンプルーならハーフで作ってくれるとのこと。

お言葉に甘えて、ソーメンチャンプルー。
この量でハーフ!

これだけで、二杯飲めるボリューム。
美味しくてあっという間に完食です。

『割烹 常』の開店は、1978年なんですって。

今日は、1978年というワードをよく聞くなぁ。



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かこね


 1978年なんて 
 ついこの前! 




と、アラフォーの私は思ってしまうのですが、飲食店でこれだけ長く続けているなんて凄い。

1978年と言えば、『730』もその年ですよね。

アメリカの統治下に置かれた沖縄では、33年間に渡りアメリカと同様に車は右側通行でした。

日本復帰後もそれは続き、一斉に左側通行に変更されることになったのが、1978年7月30日。

7月30日なので、『730(ナナサンマル)』。

久高島で最後に行われたイザイホー/海底送水管で沖縄本島から久高島へ配水開始/割烹 常の開店/右側から左側へ沖縄の道路の通行変更。

これらが全て同じ年の出来事ということに、勝手ながら現実味が湧かず不思議な気持ちです。

もう一つ加えると、私の生まれも1978年。

最後のイザイホーが行われ、久高島へ送水が始まり、常がオープンし、沖縄の車が左側を走り始めた頃に、仙台で呑気に産声をあげました。



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かこね


 1978年なんて 
 ついこの前! 




ついでに言うと、旦那は1979年の早生まれ。

酔いが回り、突然夫婦の年齢を地味に公表したところで、そろそろお宿へ帰ることにします。

明日はどこへ行こうかなぁ。

『カフェくるくま』で見かけた様々なシーサーが面白かったので、本島南部をドライブをしながら、シーサー探しや工房めぐりも楽しそう。

なんて思いながら、気分良くお部屋で飲み直しをしていたところ、床に気持ち悪い虫を発見!

と思ったら、単に木の節でした。

酔っ払いの視力って怖いですね。

3日目、就寝。


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